酒と煙草とシベリア

市町村合併の煽りを受けて我が町も市となり、初めての市長選挙。両親と共に投票に行く。
用紙に丸印を記入とあるのだが、ペンのキャップが全然外れない。あれ?と思っていると左手に青いインクが付いていることに気付いた。それはペンの形をしたハンコだった。サインペンのような形をしていながら、紺色のキャップの頭には同じく紺色の丸印がうっすらと浮かんでいた。
「・・・。」
トンと軽く押し、何事もなかったかのように箱に入れぐるっと回って帰る。笑ってごまかしたりしてはいけない。これは選挙、投票という神聖なる行事なのだから。
その帰りの車の中、母も同じ間違いをしていたことがわかった。笑いながらも、お互い左手のインクを情けなく見る。蛙の子は蛙。・・・俺も母も蛙ではない。
そのまま、同じ市に住む母方の祖父を訪ねる。
「おぉ〜、めずらしぃのが来たねぇ」と祖父が笑いながら言う。確かに久しぶりだった。1年以上会っていなかったのか?同じ市に住みながら。まぁ、色々あったのだ。たぶん。
祖父はヘビースモーカーだ。「カールスモーキー石井」なんて名前が浮かんだが関係ない。今日も話している間に立て続けに4,5本をプカプカふかしていた。80代の後半を向かえ、今でも日に二箱は空けるらしい。
祖母が亡くなって10年ほど経っただろうか。ずっと祖父は一人暮らしを続けている。暇なのもあって煙草が進むらしい。「煙草吸っとったって、長生きする人はするけんね」と豪快に笑っていた。
最近、60年ぶりに帰還した元日本兵のニュースが話題になっていたが、ちょうど同じくらいの時期に祖父もシベリアに抑留されていたらしい。以前、抑留の地でも知恵を働かせて上手いことやっていた人の話などを聞いたことがあった。このニュースの話をしても、「60年もすると言葉忘れてしまうとやねぇ」と特段暗くなる風もなく、あっけらかんとしているのだった。
近くのスーパーがよく模様替えするから、商品がどこにあるのかわからず困る。そんな話をしているうちに、何故かビールを勧められる。夕方5時、何故かチーズを摘みながら祖父の家で私一人ビールを飲んでいた。不思議な光景だった。
赤くなった私の顔を見て、「いや、赤くなった方が血液の廻りが良いっちゅうことやから良いことよ」と祖父。
まぁ、こんな日曜日もいいかなと思った。